「好きを続けること」が
世界を広げ、生きる力になる
―音楽デュオグループ ノブタクさん―
ASD(自閉症スペクトラム)の子どもたちは、どんな大人になるんだろう?「好きのパワー」を仕事や趣味にしているASDの社会人にインタビューしたよ。
今回インタビューをしたのは、バイオリン奏者の本間惟彦さん(写真左:ノブさん)とフルート・ピアノ奏者の小柳拓人さん(写真右:タクさん)とお二人のお母さん。ASDである本間さんと小柳さんは、別々の職場で働きながら、バイオリン・フルート・ピアノデュオグループ「ノブタク」として活動を続けているんだ。
気が付いたら
「好き」になっていた、
そんな音楽との出会い
── まずはお二人の子どもの頃の、音楽との出合いについて教えてください。
【ノブさんのお母さん】惟彦は1歳半の頃からとても多動で、例えば「飛行機が飛んでいるね」と話しかけても反応がなくて走り回ってしまい、コミュニケーションが人とは違うと感じていました。当時は発達に問題があるとは思ってはいなかったのですが、言葉を通しての意思疎通は難しかったので、内心、どう成長してゆくのか心配していました。そんな中でびっくりしたのが、2歳になった頃、言葉が出るよりも先に歌をハミングしたことです。NHK教育テレビの歌も好きで、お気に入りの曲が流れるとニコニコして聞いていたのを覚えています。
【タクさんのお母さん】拓人は、3歳の頃、3秒くらいしかじっと座っていられない、食卓とか高いところを見つけてはよじ登って飛び降りる等、ものすごく多動でした。奇声も発し、何をするにも落ち着きがなくて、私と目を合わせることもできませんでした。でも、ある時、テレビのコマーシャルとかカセットテープから音楽が流れている間だけはじっとしていることに気づいたんです。日ごろから一緒にいても別の空間にいるような気がしていたのですが、親子の間に音楽があることで初めて同じ空気を吸えたように感じました。
── 何か親から意識して働きかけたということではなく、お二人とも自然と音楽を好きになっていったのですね。惟彦さんと拓人さんは音楽を始めた時のことを覚えていますか?
【惟彦さん(以下、ノブさん)】バイオリンは5歳から習いはじめました。『きらきら星』とか『ロンドン橋』を弾きました。それが楽しかったです。
【拓人さん(以下、タクさん)】小学生の頃、ピアノを弾いたり音楽を聴いたりすると、すごく楽しい気持ちになりました。
【ノブさんのお母さん】惟彦がバイオリンを始めたきっかけは、4歳になっても言葉があまり出ないと悩んでいた時に、母の友人から教室を紹介していただいたことです。それまでは私が歌ってピアノを弾くと拒否反応を示していたので途方にくれましたが、親子の関係から一歩外に踏み出し、バイオリンを習い始めてからは、他人の指示を受け入れてコミュニケーションを通わせることを学んでくれたように思います。
【タクさんのお母さん】拓人は私の言葉は聞いていなくても、私が歌を歌うとじっと聴いていました。もしかしてピアノが弾けるかもしれないと思ったことがきっかけで、ダメ元でヤマハ音楽教室の幼児科に1年半遅れで入室しました。先生の指示は全く理解していませんでしたが、音楽が鳴っている状態は好きで、歌ったり弾いたりはするので、家では私がピアノの練習をサポートしながら何とか習い続けました。
── 音楽について、本当に好きなんだなと感じたエピソードはありますか?
【ノブさんのお母さん】学校の移動教室で疲れて帰ってきても、「バイオリン弾きます」と自分から練習した時は驚きましたね。その他にもこだわりがあり、ドライブで高速道路を走る時は自分でCDを探して必ず決まった曲をかけたり、寝る前にはエキサイトするようなハンガリー狂詩曲をかけたりすることもあり、静かな曲がいいと思うのは親だけで、いろいろな場面で音楽が好きなんだなと思っています。
【タクさんのお母さん】拓人はピアノを弾いているときは目の輝きが違いました。生き生きしているというか、焦点が合っているというか。そして、弾けるようになるとドヤ顔をしたり。時間に強いこだわりがあって、毎日8時から練習すると決めていました。面白かったのは、7時55分にはピアノの前に座っても絶対弾かなくて8時ピッタリになると弾き始めるんです。練習曲の順番も決まっていたり、練習回数もルーティンを崩したくなかったり、ピアノ練習場面にもASDの特性が表れていました。
「好き」から世界を広げて、
できることを増やしていく
── おふたりとも昔から音楽に対して強いこだわりがあったんですね。親としてはどのような関わり方を心がけていましたか?
【ノブさんのお母さん】好きなバイオリンを通して、他にも出来ることを少しでも増やしていけるようにと考えていました。小学校に入るまでは嫌がって椅子に座って鉛筆を持たなかったのですが、バイオリンの練習は抵抗せずにすんなりと弾くことができたんです。バイオリンの練習が軸となった毎日のルーティンがあることで生活のリズムも出来てきて、学校での課題も少しずつ習得してゆきました。できることから始めることで自己肯定感を高め、苦手な事も少しずつ受け入れられるようサポートしました。
【タクさんのお母さん】拓人は、好きなこととそうではないことがはっきりとしていて。だから「好きではないこと・苦手なこと」に時間を使うのではなくて、「好きなこと・得意なこと」に時間を割いて伸ばしていくことを大切にしていました。水泳・ピアノ・学習塾に行かせていたのですが、ピアノは毎日練習することが自然にできたので上達が早かったです。また、ASD特有のこだわりや特性をプラスに考えて、そのこだわりが生かせる場面がないかといつも探していました。その結果、中学生の時は吹奏楽部に入部してフルートに出会い、高校生の時はパソコンに取り組み、日本語ワープロ検定1級を取得した時には驚きました。
── 現在のような音楽活動をするようになると、当時から思っていましたか?
【ノブさんのお母さん】バイオリンをはじめた頃はまだまだ多動もありましたので、集中して一曲を弾けるようになるとは夢にも思わなかったです。先生のレッスンでは、最初は家のスイッチを消したりつけたりすることに夢中だったのですが、バイオリンのケースを開けると別人のように表情が変わっていたそうです。小学校に入ってからは一曲ずつ演奏ができるようになり、中学になってから地元の障害児の親子サークルを通じて児童館のコンサートで演奏する機会をいただき、人前でバイオリンを弾くことが自分も嬉しいし、喜ばれるという意識が芽生え始めたと思います。
【タクさんのお母さん】私たちも、こんなに日常的にコンサート活動するイメージなんて無かったです。きっかけになったのは、中学2年生の時、国際障害者ピアノフェスティバルに参加して賞をいただいたことです。その後、国内だけでなく、海外の自閉症や知的障害関連の様々なコンテストでも受賞し、ノブタクをはじめ国内外に家族ぐるみでの音楽仲間ができたことは私たちの何よりの宝物です。
拓人も惟彦くんも共通しているのですが、たくさんの人の前で演奏している時に、普段見せてくれない良い表情をしてするんです。音楽を続けて、こういう形で表現する場があって、本当に良かったと思っています。
── 現在のお仕事と、音楽の練習についても教えてください。
【ノブさん】日本郵便で働いていて、今年の4月で9年目になりました。食堂や階段、フロアの掃除を、9時から14時45分までしています。20時15分頃から1時間、バイオリンを練習しています。
【タクさん】大和ライフプラスで、パソコンのデータ入力作業や封入などの仕事をしています。9時から16時10分まで働いています。勤務9年目になります。仕事から帰ってきて18時から20時までピアノやフルートの練習をしています。
── それでは、音楽を演奏している時はどんな気持ちですか?
【ノブさん】楽しいし、練習を頑張っています。疲れる曲と疲れない曲があります。発表会で拍手をもらえると嬉しい気持ちになります。
【タクさん】演奏している時間は楽しいです。拍手をもらった時には達成感があって、良い気持ちになります。コンサートがあるから練習を頑張ろうって思います。
子どもの「好きのパワー」を
信じることについて、
伝えたい大切なこと
── 音楽とともに成長をしてきた中で、特に嬉しかったことはありますか?
【ノブさんのお母さん】今思いつくだけでもいろいろありますが、小5の連合音楽会で、在籍する特別支援学級から一人で通常学級の生徒さんの中に混ざり、みんなと一緒にマラカスを演奏し、歌を歌う様子を見た時は、思わず号泣してしましました。音楽を通して集団行動ができるようになっていたことがすごく嬉しかったです。
【タクさんのお母さん】全体の中の一部になっている姿に成長を感じ、それが何より嬉しかったです。幼い頃からどうしてもみんなと同じように出来なかった拓人が、中学の吹奏楽部の演奏会で、集団の中で変に目立たずに溶けこんで演奏できているのを見た時は涙が出ました。
── 惟彦さん拓人さんの場合は音楽でしたが、それに限らずに「好きのパワー」を信じて応援することの大切さをどう感じますか?
【ノブさんのお母さん】何か一つでも「好きで続けられるもの」があると、自分が苦しい時や困難な時も支えになるということだと思います。高等部の就労実習でとても疲れていた時でも練習を続けていました。その理由を考えた時に、好きなバイオリンを練習することで1日を終わらせるルーティンになっていたのではないかと。バイオリンが1日の疲れをリセットするスイッチになっていて、練習することで次の日からも頑張れる。それくらい、継続できる大好きなことを大切にするのは、子どもたちにとって無くてはならないことなのだと感じます。
【タクさんのお母さん】「好きなこと」を伸ばしていくと「得意なこと」の入り口にたどり着ける気がしています。何か一つでも得意と思えることが見つかると自己肯定感につながり、堂々と生きていけるんだと感じています。今でも印象に残っているのが、中学校の時の担任の先生が、みんなの前でピアノを演奏する機会をつくってくれて、それで周りからの拓人に対する目が変わったということがありました。拓人にとっても大きな自信につながり、周囲との関係性もすこしずつ築かれたので、本当にピアノに助けられました。
── 最後にASDを持つ子どもたちやそのお母さん・お父さんにメッセージをお願いします。
【ノブさん】何でも頑張ってください!
【タクさん】頑張ってください!何でも続けてください。
【ノブさんのお母さん】将来を不安に感じている方もいらっしゃると思いますが、選択肢を広げていくきっかけとして、お手伝いなど家で取り組める身近なものから出来ることを増やしてあげるのも良いかもしれません。他にも、小さい頃からお子さんが20歳になったことを考えて、将来どのような仕事があるか趣味が継続できるか等もリサーチするのも一つの手だと思います。一つのことを成し遂げるのは大変なことだけれど、小さな変化の積み重ねがきっと大きな変化につながるので、焦らずお子さんを見守っていって欲しいと思います。
【タクさんのお母さん】ASDの子どもは多くの「特異」を持っています。それは往々にして親にとっては困りごとですが、むしろ「特異」な行動や特性こそが見方や場面を変えると「得意」のタネになると思っています。拓人の場合は、日常生活での同じ遊びばかりの繰り返しやスケジュールへのこだわりが、ピアノ練習場面では反復練習が大好きで、毎日練習を欠かさないというピアノ学習者としては優等生に変わりました。ぜひ、お子さんの「特異」なことを書き出して、それらを組み合わせることで何か強みにかえてあげられるヒントがないか探してみてください。私も未だに「特異」から次の「得意」のタネはないかと探し中です。
自閉症のバイオリン・フルート・ピアノデュオ「ノブタク」
(本間惟彦・小柳拓人)
グループ名の「ノブタク」は名前の頭文字から。2010年、障害者もメンバーとして演奏に加わったオーケストラ「コバケンとその仲間たちスペシャルオーケストラ」で出会い、そこでの2人の様子がNHKTV「福祉ネットワーク」で全国放映。2015年、2016年香港自閉症才能コンテストに出場し、各々、卓越表現賞、ベストリズム賞を2年連続受賞。台湾自閉症音楽楽団との共演やメキシコでのスペシャルジョイントコンサートにも出演し、海外にも活動を広げている。演奏だけでなく、これまでの2人の歩みについてのトークを交えた「音楽がくれた希望コンサート」は各地で好評。タクは、2019年、1st.ピアノソロアルバム「Takuto」をリリースした。
ノブタクHP:http://koyanagitakuto.com/other/nobutaku/